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社会福祉士としての観る福祉に対する観術の価値①

昨日、観術の二日間のセミナー「認識セミナー」を受講しました。

 

今回は社会福祉士としての観点で福祉の世界に対する

認識技術「観術」の価値について書いてみたいと思います。

 

福祉の仕事をしたことのある人または現在仕事をしている人の共通してもつ思いは

どんなに障がいや病気があったり高齢になったりどんな状態であっても

「その人がその人らしく生きること」ではないでしょうか?

かっこいい言葉をつかうならどんな人であろうと

 

「尊厳ある人生を享受してもらいたい」


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という思いではないでしょうか?

 

しかし、現状をみてみるとたくさんの人たちががんばっていますが

すべての人が「尊厳ある人生」を送れているかといえばまだまだだと思えます

 

福祉も人の尊厳のためにノーマライゼーションなどの思想や

ケースワークの面接技術も先人たちの努力と現場での実践で発展してきました。

福祉に身を置くものとしてこの発展の裏にあった多くの人達には敬意と尊敬の念をいくら書き連ねても足りないくらいです

 

しかし、多くの思想や技術が開発され、現場での美しい努力ある実践がある中で

「尊厳」が完成されていない現状があるのなら

まだ足りない部分があるのではないのでしょうか?

 

パズルが最後の1ピースをはめなければ完成できないように

尊厳を完成できないのは最後の1ピースが足りないからです。

その1ピースはなんのでしょう?

 

その尊厳を完成させるために 「認識」という1ピースをはめねばなりません・・・


 

福祉にとって認識がどんな価値があるのかは次回書きます